2012年7月23日月曜日

MATECOレポート 【十人素色-決定の論理 その10】



MATECOレポート第十一弾は、『十人素色-決定の論理-』にご登壇頂いた建築家、川添善行氏のレクチャーについて、です。

30代前半という若さで東大に研究室を構える川添氏。それまで面識はありませんでしたが、同じくこのレクチャーに登壇して頂いた崎谷浩一郎氏にご紹介頂きました。他の方々ももちろんですが、正直、このような主題に興味を持って頂けるか・ご登壇頂けるか、もっとも心配だったのが川添氏でした。  

建築家としてお話されるであろうこと・スタンスを予測はしていたものの、終止大変論理的でコンパクトな論旨に疑問を挟む余地は無く、もっと沢山のお話を伺ってみたい、と思いました(…もっとお話を聞いてみたいのは10組の方々全てなのですが) 。

そのような氏の理路整然としたお話ぶりからは、ごく自然に東大の講義の様子が思い浮かびました。低く落ち着いた声でありながら、大変にこやかに話される様子、きっと多くの学生が引き付けられていることでしょう。  

レポートその1その2その3その4その5その6その7その8その9とも併せて、ご高覧頂ければ幸いです。
 

Vol.08 「文脈から決定する」 川添善行氏
 
十人素色、最後のプレゼンテーションは建築家の川添善行氏。  

他の方々が10分を時間一杯もしくは少しオーバーしてお話ししていたのに対し、川添氏は7分弱の短めの発表となったが、その分端的に要点と自分の意見をお話しされていたのが印象的なレクチャーだった。

内容を要約させていただくと「 ペンキの出荷量を見てもわかる様に70年代以降の工業化で色は自由に選択出来る世の中になった。しかし、「新緑」「帝王紫」「唐茶」といった日本の色に関する言葉を読み解くと、それは文化や時代性に左右される文脈そのものであった。 材料を組み合わせる事が建築の特性であり、色は素材や文脈から決めるべきかと考えている。」というものであった。

川添氏がキーワードとして挙げられていた「文脈」という言葉、主体は外部にありそれを紐解いて決定をするという方法論だと考えるが、他の講演者も「解は現場にある」(崎谷氏)「現場にあるもので考える」(403 architecture dajiba)「完全性に気付く」(熊谷氏) 「瞬間に撮らされている間隔」(小川氏)等、類似した方法論をお話しされていた様に思う。「色は気分で決める」(流氏)と語られていた流氏も「ストーリー性から構築する」とも発言されており、体験を自らの感性に基づき表現されているのだろう。  

この考え方で行くと、景観を構成するものは主にこの3つなのではないかと考える。  

①文脈から関係性を構築するもの(その中で自己表現の強さの度合いが様々ある)  
②文脈との関係性からあえて外すもの(目立つ為の広告等) 
③文脈を不自覚なもの

川添氏はレクチャーの最初に 重要伝統的建造物保存地区内子町、 重要文化的景観に指定されている宇治市の景観について言及されていたが、景観形成にあたり「文脈」に対して不自覚な人々に対し、その読み解き方を伝えるという手法が重要なのではないかと改めて考えさせられた。
 
●レクチャラー紹介  
川添善行 / YOSHIYUKI KAWAZOE 
1979年神奈川県生まれ。
東京大学工学部建築学科卒業。オランダ・デルフト工科大学から帰国後、東京大学景観研究室助教として内藤廣に師事。
現在、東京大学生産技術研究所川添研究室(建築学専攻)を主宰。
専門は、建築設計、風景論。2007年より川添善行・都市・建築設計研究所を主宰し設計活動を展開。工学博士。

●レポート執筆担当
 
山田 敬太 / KEITA YAMADA 
1984年神奈川県横浜市生まれ。
慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科、フィンランド ヘルシンキ工科大学(現Aalto University) Wood Program出身。専門は建築設計。GSDyメンバー。
建築設計を軸にまちづくりや景観にも手を伸ばし活動中。

【追記:MATECO代表 加藤幸枝】  
例えば日本の伝統色と言われる色群は、当時の流行色でもあります。時の経過が色に様々な情報を与え、その背景にある文化や歴史を物語る一つの要素となり、私たちに様々な影響(感情の変化や歴史に対する興味)をもたらしています。   

『1グラムの色素を得るための200個の貝を必要とする“帝王紫”は、色そのものよりも価値(文脈)を指す言葉であり、唐茶は先進国(中国)から来た茶色っぽいもの、憧れの対象としての色の表現である』という川添氏の解説は、現代でも“多くの人が惑わされる色の持つイメージ”をとても端的に表現されていました。  

そして後半の『材料の色をそのまま使うこと、基本的にはそれが建築がやるべきことと考えている』という一言が大変印象的でした。

塗料の普及は1950年代以後です。建築においては圧倒的に(自然)材料の歴史が長い、ということをもっと慎重に・真摯に考えるべきなのではないか、と思いました。 材料を組み合わせることが建築の特性であり、それにふさわしい色=素材を選んでいる、という建築家としての揺るぎないスタンスを正直、羨ましくも感じました。 

自身の仕事と重ねてみると、豊かであるはずの色彩が一体いつから環境を混乱させる要素となってしまったのか。建築に・建築以外の環境を構成する要素に例え部分的にでも塗料を用いる以上、よりよい関係をつくっていくためには、どうすれば良いのか、ということを改めて考えさせられます。  

10組の方々の“決定の論理”からは、どのような分野においても対象や素材の成り立ちを考えざるを得ない、ということが浮かび上がったのではないか、と思っています。
MATECOでは引き続き、環境を取り巻く素材と色彩について、時代の変化やこれからの在り方について学び、広く共有できる情報としてストックしていくこと、そして同時にその発信について様々な取り組みをして参ります。
 
次年度の十人素色にも、どうぞご期待下さい。

2012年7月18日水曜日

MATECOレポート 【十人素色-決定の論理 その9】


MATECOレポート第十弾は、『十人素色-決定の論理-』にご登壇頂いたランドスケープデザイナー・熊谷玄氏のレクチャーについて、です。
実は植物には詳しくなくて…と仰る熊谷さんですが、いずれのお仕事を拝見しても豊かな緑や草花と一体となった、ちょっとユーモラスで近寄ったり触ったりしてみたくなる造形が大変印象的です。
以前色彩についても少しお話をさせて頂いたことがありますが、その際も“色のことは実はよくわかってないんだよね”と謙遜されつつ、ご自身が素材や色彩を選定することをとことん愉しんでいらっしゃる様子が伝わって来、その様子に大変興味を持ち今回のレクチャーにご登壇をお願いしたという経緯があります。
どのようなお仕事に係られているかはHP等で拝見することが出来ますが、熊谷さんというキャラクターの佇まいから伝わってくる朗らかで愉しげな雰囲気は、残念ながら中々上手く文章にすることが出来ません。 
ご登壇頂いた10組の素晴らしいプレゼンテーションはTEDのスーパープレゼンテーションに匹敵するのでは、とも思っています。実は今回のレクチャーも全て映像に記録しており、今後もちろんレクチャラーの方々に許可を頂いた上で、編集したダイジェストを公開することも検討していきたいと思います。

レポートその1その2その3その4その5その6その7その8とも併せて、ご高覧頂ければ幸いです。


Vol.09対象と向き合い、気付きの中から生まれるデザイン」 熊谷玄氏

熊谷玄さんは、自身のプロジェクトをXSSMLXL5つのスケールに分類し紹介くださいました。様々な分野のデザイナーが集まった『十人素色-決定の論理-』において、ランドスケープのような大きなスケールのプロジェクトから、タイルやインスタレーションなど小さなスケールのデザインにまで及ぶ熊谷さんの対象領域の幅広さは印象的でした。

デザイン対象のスケールは様々でありながらも、敷地や対象のもつ大切な部分や“ステキなところ”みたいなものを鋭く発見し、デザインのコンセプトへと据えるというスタイルは一貫されており、そのやり方は、貝殻をタイルにしたり、草花をアクリルに封入するといった字面どおりのサンプリングから、湖畔のスペースに湖におけるコミュニケーションのスタイルを引用したり、カップヌードルミュージアムに安藤百福の言葉を記したりと、対象ごとに様々でおもしろかったです。

また、他の分野のデザイナーや多くの関係者と関わる仕事が多いという中で、関係者を楽しませることでプロジェクトを盛り上げるということを大切にされているとのこと、とても大切なことだと思いました。

最後に紹介されたカンボジアの世界遺産の寺院の周辺整備のプロジェクトについては、これから取り組まれるとのことでしたが、どのようなデザインを展開されるのか楽しみです。

先日、stgkwebサイトがリニューアルされたそうです。
十人素色で紹介されていたプロジェクトもより詳しくチェックできます。未見の方は是非。


●レクチャラー紹介
熊谷玄 / GEN KUMAGAI
1994 Graduate ICS COLLGE OF ARTS
1995 - 2000  STUDIO 崔在銀
2000 - 2008 EARTHSCAPE inc.,
2008 - STUDIO GEN KUMAGAI
2009 株式会社スタジオゲンクマガイ設立
[活動歴]
くらすわ(2011年グッドデザイン賞)/NTT東日本研修センター(2011年グッドデザイン賞)
沖縄アウトレットあしびなー/三井アウトレットパーク木更津/プレアビフィアエコビレッジ計画 他

●レポート執筆担当
田中 毅 / TSUYOSHI TANAKA
1982年、香川県生まれ。2008、東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻修士課程修了、同年有限会社イー・エー・ユーに入社。
長崎県五島市福江島・堂崎地区駐車場などを担当。


【追記:MATECO代表 加藤幸枝】
いつもにこやかな印象の熊谷さんは、恐らくクライアントを楽しませるのと同じように、茶目っけたっぷりの語り口で私達を楽しませて下さいました。

完全な公園を考えて下さい、という展覧会のオーダーでは、完全なモノをつくることは難しいけれど、それでも完全なものを求める人間の気持を考えられたそうです。何かかたちとしての完全なモノを取りに・見に行くのではなく、気の持ちようや対象との向き合い方によって『完全性』に気づくことが出来るのでは、と発想されたとのことでした。

アクリルキューブに封入された公園に落ちていた様々なモノに対し、例えばクリは改めてよく見ると何だか有り得ないかたちをしている、という気づきがあったそうです。
“コイツなんでこんなにトゲトゲしているんだろう…。”恐らく地球誕生から現在に至る歴史の中で、クリにはクリの事情があってこうなっているわけで、それを想像することが豊かさや自然界の造形の完璧さを考えることになるのではないか、というお話が大変印象に残っています。

クリにはクリの事情…。私は未だに、このフレーズを事あるごとに思い返しています。モノゴトの成り立ちに思いを馳せることによって、時に私達人間が自然に抗うことの不自然さを感じつつも、やはりそこから学ぶべきことがまだ多くあると感じています。

熊谷さんが手掛けられているランドスケープデザインというお仕事の基盤は、自然の造形や現象なのだと思います。大小様々なスケール・オーダーと日々向き合う中、ちょっとした気づきや発見から魅力あるデザインが生み出されていること、ご自分の仕事を本当に楽しんでいらっしゃることが伝わってくるレクチャーでした。

2012年7月11日水曜日

MATECOレポート 【十人素色-決定の論理 その8】

MATECOレポート第九弾は、『十人素色-決定の論理-』にご登壇頂いた建築家ユニット、403architecture〔dajiba〕のレクチャーについて、です。

大学院卒業後すぐに活動を始めた彼らは、現在浜松を拠点とし、複数のプロジェクトやまちづくりに携わっています。レクチャー当日ご紹介頂いたプロジェクトは現在発売中の雑誌コンフォルトをはじめ数々のメディアに特集が組まれるほどで、今一番注目を集めている若手3人と言えるでしょう。

マテリアルに対する『オリジナルで頑なな』向き合い方(もちろん良い意味です)、そして『周りの人達全てが自分達の先生』だという真摯さ、さらに何に対しても『初めて出会う』ことに対する新鮮な感動や疑問が、地域の人達、浜松の商店街の大人達や静岡文芸大の学生達をも突き動かしています。更には既存の、ともすると私達の身動きをとり辛くしている目に見えないシステムまでもが、彼らの熱でカタチを変えていくような気がしています。

ひとことで表すと『信頼せざるを得ない』という、活動の強度。その魅力を届けるには、10分という時間はあまりに短かったかも知れませんが、以下のレポートはしっかりそれを裏付けるものとなっていると思います。

ポートその1その2その3その4その5その6その7とも併せて、ご高覧頂ければ幸いです。


Vol.08素材とともに建築家と社会の展開図を描く」 403architecture〔dajiba〕 


建築家という職が社会においてその他の職と違う部分があるとすれば、それは実際の場と実際の物を扱い、それらを最終的な成果の土台や成果そのものとするところにあるのではないだろうか。これはすごく当たり前なことであり、しかしとても重要なことでもある。改めて考えると、様々な関係性や時間といった非可視な事物を具体的、物理的な事物に定着させることができるというのは、大きな力だといえると私は思っている。

そして、そんなもの・場所に対し、スケールという尺度を持ち込み、様々な解像度(原子から宇宙まで)をもって具体的な事物を総体的かつ相対的に捉えることができること、それは、その可能性をより大きく広げるのではないだろうか。

具体的なものを抽象的に結びつけ、それをものとして場所に落とし込む。そんな建築を扱い、思考するものがもつ可能性を突き詰めたところには、あるひとつの社会と向き合える場がある。
403 architecture [dajiba]の活動・作品からは、そんな彼らの向かう先が示されているように感じた。

天井の部材を輪切りにし、小口が見えるよう床に敷き詰めることで新しさと身体性を獲得した<渥美の床>。白く塗られた表面と無垢のままの裏面というロフトの床材がもっていた二つの面をまとい、二つの場に異なった表情を向けることとなった<三展の格子>。フォークリフトのパレットを細断し再び壁材として並べ直すことで、倉庫に必要な光量が「自動的に」確保された<頭陀寺の壁>。賃貸マンションの大きな基礎が持つ空間の「発見」から、そこに2つの床レベルが設定された<海老塚の段差>。

彼らの一連の作品において共通しているのは、<そこにあるものを読み替え、形を変えて別の役割を与える>という設計姿勢だ。そして、今回のシンポジウム開催にあたって準備された彼らのMATECO箱によって、彼らはその思考の論理を明確に示した。

MATECO箱は、各レクチャラーにとっての素材・色彩を入れるものとして手渡されたが、それに対し彼らが出した回答は、それそのものを素材として扱うことであった。
入れ物として与えられた箱にヤスリがけをし、それによって出た削り粉を箱に入れるべき素材として扱った。「そこにあるものの形を変え、コンテンツとすると同時に、それ自体も新たに価値づけていく」と語った彼らは、箱からいったんその役割を取り外し、一つの素材として役割を再配分することにより、内容物となる削り粉と、その繊細さにふさわしい薄く肌理細やかな箱を同時に作り出した。

また、展覧会出展作品として制作された曼荼羅、<浜松の展開図>においても、彼らのもの(素材)と場所に対する考え方が明確に示された。
曼荼羅は世界そのものの展開図を意味するのだという。彼らはその形式を浜松という地方都市に当てはめ、浜松そのものを描こうとした。

彼らは展開図を「それが壁だとか床だとかいうことを超えて材料そのものを捉え直す方法」としてとらえ、設計の足がかりとして書くという。場所とものをつなぐような媒介物としてある、意味・役割を敢えていったんリセットすることによって、その二つに新たな関係性を見出すことができるのだ。 
 
そんな彼らの<そこにあるもの>に対する真摯な視点はさらに広がりを持つ。
彼らは素材や場所と向き合う姿勢と同様、建築家という職能についても今という社会の中で再定義することを試みているのではないだろうか。建築家という枠組み自体も一度解体し、そこから今の時代・社会において必要とされうる建築家の技能を読み取り、再構築する。

建築という専門と社会との関係性を新たに見出す、そのための展開図を描いているように私には思える。


●レクチャラー紹介
403architecture〔dajiba〕
辻琢磨 / TAKUMA TSUJI・橋本健史 / TAKESHI HASHIMOTO・彌田徹 / TORU YADA 
2011 年より静岡県浜松市を拠点として活動する建築設計事務所。筑波大学大 学院芸術専攻貝島研究室修了の彌田徹と、横浜国立大学大学院建築都市スクー ルY-GSA 修了の辻琢磨、橋本健史の三人によって設立。 
「マテリアルの流動」を手法として、新築、改築、解体を区別することなく 複数のプロジェクトを連携させた活動を同時多発的に展開。主な作品に「渥美の床」、「海老塚の段差」など。

●レポート執筆担当
小久保亮佑 / RYOSUKE KOKUBO 
1986年愛知県生まれ。2011年に名古屋大学大学院環境学研究科都市環境学専攻を修了し、同年4月より株式会社環境デザイン研究所に入社、幼稚園や遊具といったこどもと関わり深い施設の設計に関わっている。GSDyメンバー。
学生時代には、こどもを対象とした建築・都市を題材とするワークショップ活動に取り組みつつ、建築設計やまちづくりを学ぶ。卒業設計「間隙を縫うように、都市生活者の拠り所」にてJIA東海支部卒業設計コンクール金賞を受賞。修士論文では卒業設計と同地域において、住民による「好きな場所」の指摘から空間資源認識とその把握手法を研究

2012年7月9日月曜日

MATECOレポート 【十人素色-決定の論理 その7】


MATECOレポート第八弾は、『十人素色-決定の論理-』にご登壇頂いたアーティスト・流麻二果氏のレクチャーについて、です。 

初めて流さんの作品を拝見したのは約二年前のことでした。軽やかな、そして時に重みのあるストロークが描き出す美しい色彩は、私達がいつも目にしている人体のフォルムの一部でありながら、懐かしい景色や自然の風景のようにも見えます。

決定の論理を語って頂く10組のレクチャラーの選考にあたり、当初からアーティストの方には是非参加して頂きたい、と考えていました。無から有へ、というアートの創造のプロセスにおいて、色彩の果たす役割とは?そんな素朴な興味から、自由に色彩を使いこなされている(…と推測される)流さんに、是非お話を伺ってみたいと思いました。

ポートその1その2その3その4その5その6とも併せて、ご高覧頂ければ幸いです。


Vol.07 「作品の中では自身のその日の気分が色を決める」 流麻二果氏

美術家・流麻二果さん。彼女は今回のレクチャラーの中でも異色の存在と言えるでしょう。”感覚的に”決めていると捉えられる色彩や素材の選択。アートの領域はその傾向をより一層強く感じさせるものだと思います。その中に潜む論理とは何か—。

レクチャーでは、自身の中心的な活動であるペインティングを軸に、大きく分けて次の3つの場面での制作についてお話しいただきました。
 □ 美術館やギャラリーでの展覧会
 □ 建築とのコミッションワーク
 □ 東北の被災地を中心に行われているワークショップ
 
以下、簡単にですがレポートさせていただきます。
 
□ 展覧会
まずは国立新美術館とギャラリーPANTALOONでの展示についてお話しいただきました。
展覧会に向けて作品を創る時には事前に会場を見て、壁や天井の高さ、入口の位置といった場のボリュームから、光の入り方のようなものまでを捉えるそうです。さらに、人がそこにやって来て、作品を観るまでのストーリーを意識して色を決めるとのことでした。

美術館やギャラリーは、本来的に作品を飾るための場所です。しかし、単に作品がその場所に持ち込まれるのではなく、その場所に散らばる種々の要素が作品の特徴を指向させる論理に成り得ることが示されていました。

□ コミッションワーク
建築に作品を入れるコミッションワークとして、パークコート麻布十番、裏磐梯高原ホテルでの制作をご紹介いただきました。
麻布十番のプロジェクトではゲストルームの壁一面に飾る作品について、色彩の強さや作品自体の大きさが過大にならないよう、きわの色を壁に合わせ「色と空間を伸ばす」ように制作されたそうです。

裏磐梯ではホテル周辺にある五色沼をモチーフとして、5つの色を展開した客室のアートワークを制作されました。黄・緑・赤・青・瑠璃のそれぞれのテーマにならい、家具等のしつらえに合わせた色彩が選択されていました。
こういったコミッションワークが展覧会と大きく異なるのは、訪れる人の主目的が作品の鑑賞ではないことにあるかと思います。それでも基本的な論理は共通しているように感じられ、飾る場所の特性や人の感覚を察知し、そこに作品が在る状態について思考されていました。

□ ワークショップ
作品制作とは別に活動している「一時画伯」についてもお話しいただきました。この団体は、アートに触れる事の少ない人々、特にこれからを生きていく子供たちに対して、アートを開かれたものにする目的で活動されています。

今回は、宮城大学竹内研究室が東北の被災地で行っている「番屋プロジェクト」についてご紹介いただきました。流さんらは建てられた番屋の柱に子供たちのオーダーの下で混色された色をつけていくワークショップを行っているそうです。

レクチャーの中で被災地について語られた「色が無くなったことを感じる」という言葉がとても印象的でした。子供たちの自由な発想によって塗り替えられていく無の風景。これからを担う無限の想像力こそが、思いもよらない事態を越えていく手掛かりになるのかもしれません。

さて、レクチャーの冒頭、流さんは次のように仰っていました。
  
「作品の中での色彩の決定というのは、一言でいってしまうと自分のその時の気分でしかありません。」
  
まさに感覚的な判断であるように聞こえますが、今回のレクチャーではその気分そのものを作り出す道筋が語られていたように思います。与えられた様々な場に対して、そこにある要素を選び取り、形にしていく様は非常に論理立ったプロセスであるように感じられます。

そして、それはご自身のHPにて示された創作の動機である「見ず知らずの他人への興味」が形を持った作品として表れる過程を示すものに他ならないのだと思います。


●レクチャラー紹介
流麻二果 / MINIKA NAGARE 
1975年生まれ、女子美術大学芸術学部絵画科洋画専攻卒。2002年 文化庁新進芸術家在外研修員(NY滞在)、2004年ポーラ美術振興財団在外研修員(NY・トルコ滞在)
有機的な気配を残した抽象絵画を中心に、紙や布を使ったインスタレーション等も手がけ、国内外の美術館、ギャラリーで発表している。
2011年に非営利団体・一時画伯(いちじがはく)を発足。アーティストが、美術に触れることの少ない子供たちに「アート」を届ける活動を目的とし、当面のプログラムとして東北でのワークショップを継続している。 

●レポート執筆担当
志田悠歩 / YUHO SHIDA
1985年東京都生まれ。
2010年芝浦工業大学大学院建設工学専攻(土木構造研究)卒業。
同年4月パシフィックコンサルタンツ株式会社入社。現在、交通基盤事業本部鉄道部・橋梁構造室にて鉄道橋梁設計、鉄道計画に従事。また2010年よりGSDyに所属。同団体では主に橋梁に関わる企画・勉強会に携わっている。

2012年7月3日火曜日

MATECOレポート 【十人素色-決定の論理 その6】


MATECOレポート第七弾は、『十人素色-決定の論理-』にご登壇頂いたグラフィックデザイナー・北川一成氏のレクチャーについて、です。

北川さんはMATECO箱の制作とはまた別に、『色々見本持って行くから』とおっしゃって下さいました。レクチャー当日は沢山の印刷物や貴重な印刷見本をご持参頂き、私たちが望んでいた“リアルな手触り”のあるレクチャーとなりました。

北川さんはまた、多くの著書を出版されていますが、その中にある『わかるとできるはちがうんや!』という一言が、大変強く印象に残っています。
他の会社が真似をすることが出来ない高い技術は、圧倒的な知識と経験、そしてそれらを裏付ける綿密なデータに支えられおり、その蓄積によって常に適切な組み合わせを提供することが“できる”のだ、ということを熱く語って頂きました。

ポートその1その2その3その4その5とも併せて、ご高覧頂ければ幸いです。


Vol.05 「捨てられない印刷物をつくる」 GRAPH 北川一成氏

今回のレクチャー全体を通して印象深かったのは、10分という短い話の中の核心として語られた、逆説的なフレーズでした。
サイン計画をされている八島さんは「色はいかに使わないかが重要」とおっしゃっていましたし、土木建築設計に携わる崎谷さんは「なるべくぎりぎりまで決めない」ということをおっしゃっていました。それらはそれぞれの専門分野の第一線で活躍されているレクチャラーの方々だからこそ発することのできる独自のポリシーであり、それぞれが到達しようとする本質へと近づくための論理であると感じました。

印刷を専門とし、グラフィックを中心としたデザインも手がける北川一成さんは、レクチャーの中盤でこのようなことをおっしゃいました。「やってみないとわからないと言うが、私たちはやってみているのでわかる」と。逆説というよりは、拍子抜けしてしまうくらいの当たり前と言えば当たり前の言葉ですが、そのようなことが言える人はなかなかいないのではないでしょうか。この一言の裏付けをするのは、天分とも言うべき北川さんの優れた色彩感覚と印刷のプロフェッショナルとしての厳格な姿勢だと感じました。

レクチャーはまず、同系色のカラーチップのように、ほんの少しずつ色が違う印刷見本の画像から始まります。以下がレクチャーの内容です。

一般に出回る白い印刷用紙はおよそ2万種類、ほとんど同じように感じられる紙でも、また同じ紙の表と裏でも、全く同じ条件で印刷した時に出てくる色にははっきりとしたばらつきが出てきます。色ブレの原因の一つとしてあげられるのは、インクの乾燥時に起こる「ドライダウン」という現象にあります。

印刷直後の鮮やかな色は、インクを乾かす約1日の間に、種類の違う紙がそれぞれにもつ特質により若干濁ってしまいます。(最近ではそれを防ぐために印刷直後に紫外線を当てることで色を瞬時に定着させるインクもあるのですが、表現できる色の幅が狭いために微細な表現には不向きです。)

精度の高い印刷では、そのばらつきのある色を望んだとおりの色へともっていくことが求められます。通常印刷所では、紙の特質によるある程度の色ブレはしかたがないという説明をするのですが、GRAPHでは20年前からこうした色ブレを最小限にするために、紙に対する色のデータ収集を行なっています。実際に求める色よりも鮮やかな色を刷ることで、違う紙に刷られた色であっても、乾燥後に限りなく同色にできるよう、どの紙にどんな配合でどんな色を刷ったかということを記録していくのです。

1日に約20〜30種類のレシピをつくり座標化していくことで、その膨大な記録から紙の傾向を予測できるようにしています。つまり通常「やってみないとわからない」ことも、GRAPHでは「やってみているのでわかる」という訳です。

こうした色に対しての厳格な数値化とバランスをとるように、色というイメージに結びつきやすい感覚的なものを印刷へ落とし込むための「色の翻訳」という作業についての話がありました。

色を指定する際に、DICPANTONEなどの色見本がよく使われるのですが、色見本として名前のついている色は有限であり、デザイナーなどがイメージする色は無限であるため、当然色見本では指定できない場合も多々あります。そうした場合には、例えばアパレルブランドがシーズンのテーマとする布など、イメージする色と素材の現物を送ってもらうようにしています。

ファッションブランド、ミナ・ペルホネンのシーズンカタログを作った際には、オレンジ色の糸が送られてきて、その色を印刷で再現してほしいという依頼がありました。糸は本を綴じる際に使用するもので、そのオレンジと印刷のオレンジを一致させたいということです。

他にも石や葉っぱなどの自然物が送られてくる場合もありますし、再現したい色が具体的な物ではなく、「ニュートラルな感じ」や「乾いた色」など抽象的な言葉によって語られる場合もあります。色見本やCMYKのパーセンテージによって指定された色を再現することは当たり前で、むしろデザインのコンセプトやクライアントの意図を理解する能力を高め、それらを色へと翻訳していくことに力を入れています。

北川さんは「ゴミにならない印刷物」をつくることを自身の仕事の指針としていると、ある出版物で読んだことがあります。1ヶ月、1週間、または1日で、咲いては散る花のように鮮やかにその役目を終える印刷物を多く見かけますが、北川さんのまるで工芸品のような印刷物には、例えば1年毎に買い替える手帳のようなものであっても、大事な本と同じように戸棚にしまっておきたくなるような力強さがあります。

息の長くあろうとする印刷物が直面する問題の一つは、使用しているインクの退色です。GRAPHでは紙に対する色ブレと同様に、経年によるインクの変色に関してもデータをとっていて、それらのサンプルも会場持参していただきました。

デザインの面では現代の流行や表面的でスマートなかっこよさよりも、より本質的な考え方をされる北川さんですが、印刷に関してもその姿勢は変わらず、職人として当然やるべきことであると同時に、自分という人間にしかできないことをやっていると言っているような印象を受けました。それは今GRAPHという会社が達成し得る技術の精度を最大限高めることと、デザイナーの感覚的言語と職人の扱う数値という異なる言語の翻訳をすることです。

北川さんの静かな語り口調の中に、色に対して、印刷という技術に対して、デザインという仕事に対しての厳格な姿勢を感じた、素晴らしいレクチャーでした。

 
●レクチャラー紹介
北川一成 / ISSAY KITAGAWA
1965年生まれ。GRAPH代表取締役。
2001年、『NEW BLOOD』(六耀社)で建築・美術・デザイン・ファッションの今日を動かす20人の1人として紹介。同年、世界最高峰のデザイン組織、AGIの会員に選出。2011年秋、パリのポンピドーセンターで開催された現代日本のグラフィックデザイン展の作家15人の1人として選抜される。デザインの国際コンペであるNY ADCや、D&AD Awardsの審査員を務めるなど、国内外で高い評価を受ける。JAGDA新人賞、TDC賞など受賞多数。NHKの経済情報番組『ビジネス新伝説 ルソンの壷』で紹介される。関連書籍にブランドは根性_世界が駆け込むデザイン印刷工場GRAPHのビジネス』(日経BP社)など。

●レポート執筆担当
伊藤祐基 / YUKI ITO
1984年生まれ
2009年愛知県立芸術大学美術学部デザイン専攻卒業
2011年 愛知県立芸術大学大学院美術研究科博士前期課程修了
大学院では言葉・身体・空間を研究テーマとし、小説とインスタレーションを中心としたアート表現を模索。現在はランドスケープデザイナーとして様々なスケールでの空間表現に携わる。